浸透圧

好きなものを好きと大いに言い、自分内の流行り廃りや自分自身を整理整頓したりもする、日々の徒然。

彼、最近優しくなりました

当然ながら「彼氏」の話じゃないですよ

 タイトルに書くのに名前が長すぎるので「彼」と書かざるを得なかっただけで、話はデヴィッド・クローネンバーグ監督のことなのでゴザイマス。そもそも殿方嫌いの今の私に「彼」がいる道理がないので、私の身近な人で引っかかった人はいないでしょうけれども。

 デヴィッド・クローネンバーグ監督といえば、音に聞こえた変態監督ですけど、私彼が大好きです。正確には、体感的にもの凄く生理に合う、という方が近いのかな。だから、彼が世間的にはどんな駄作を取ろうとも(流石にファイヤーボールだけはニガワライですけど)、基本は「ああ、ちゃんと彼の映画だった。幸せ(*´ー`)」と思うことが殆どです。

 「スパイダー」で興行的に大コケしてから、資金繰りにかなり苦労したようで、だから最近は紐付きのお金で雇われ仕事をしていることの方が多いですけど、それですら「ああ、大先生だなぁ」と微笑ましく観ています。あ、私の口から「大先生」と出たらそれはイコールでクローネンバーグのことです、はい。

 昔、私の身の回りだけで彼を大先生大先生と言っていたら、ニフティのフォーラム(そんなものがあった時代ですw)でやはり大先生と言ってらっしゃる方々がいたようで、知人が「なに、映画界では彼を大先生っていう決まりがあるの?」と尋ねられたことがあります。別に偶々なんでしょうけど、彼はこう…独特というか他にないという意味でマエストロ、正に「大先生」と言いたくなる人なのです。

 

日本最新上映作「コズモポリス

 彼の映画の特徴と言えば、夏の暑い最中に撮影されていてさえもの凄く寒い体感温度、決してマジョリティでは有り得ない、アウトサイドの視点と、ともすればそのことに対するもの凄く大きな辛さと怒り、そして何故男の人にそれがわかるのか理解に苦しむ、子宮感覚に近い内臓感覚、理屈をぶっ飛ばしてでも彼の世界観に引きずり込む強引さ、あたりかと思います。

 一般層にも受けて代表作と言えるのはやはり「スキャナーズ」「ザ・フライ」あたりだと思いますが、あの当時「随分捻ってあるなぁ」と思った物が、今にして思えばもの凄くストレートに「辛い、苦しい、憎い」と言っていたんだなぁとこの間実感しました。

 日本での最新上映作「コズモポリス」の封切りを記念して何日かおきでかわりばんこに彼の古い映画を一緒に上映するという企画を新宿の武蔵野館が催してくれて、「コズモポリス」を観た後に「スキャナーズ」を観たんです。その順で見るともう「スキャナーズ」の頃の彼が気の毒で可哀相で痛々しくて、大丈夫だから、大丈夫だからねってぎゅーーってしてあげたくなる辛さでした。「コズモポリス」の境地に至れるようになる、ということを知っているから尚のこと、辛かった頃の彼の痛々しさが余りに健気で、健気に弱い私のハートを大直撃した訳です。

 そして、己の辛さを飄々と漂白しつつ、彼は随分人に優しくなったんだなぁと思いました。

 「コズモポリス」って原作小説のあるもので、原作の小説は語り口が多分相当独特なんだろうな、支持層ってきっとサブカル層っぽい、と思わせる映画の作りでした。フランスと共作というのもあって、お仏蘭西臭いアート臭がしたというのも多分そう感じた一因だと思います。

 冷静に観るとシチュエーションコントみたいなんですけどね。主人公はリムジンに乗ったまま話は進み、リムジンに次から次へと代わる代わる人がやってくる、リムジンにやってきた人は○○でした、っていうようなシチュエーションコント。正直話の筋が面白いかと言われたらハテナです。ただ、随所に彼の彼らしいこだわりやちょっとした意地悪や変態っぷりがちゃんとまぶされてはいましたからそこら辺はちゃんと拾いましたけど。

 そもそもクローネンバーグの映画に「ストーリー」を期待している人もそんなにいないと思うんですよね。あの人の場合「Don't think. Feel」が基本だと思うので、頭からどっぱーんと突っ込んでいってざっぱーんって放り出されて終わってはいすっきり(結末としてすっきりするものは少ないですけど(^^;;)、というのが私の鑑賞の仕方です。

 なのであの結末の件は、「あら、ホントに随分優しくなったのね」と微笑ましく思いました。「デンジャラスメソッド」を見損ねているままなので、「イースタンプロミス」→「コズモポリス」と見ている私には、彼が本当に漂白されて優しく、丸くなっているように感じて「あぁ、よかったなぁ」って思います。

 

彼を彼の変化と共に愛しています

 変態ギミックに拘る彼は「イグジステンズ」以降若干なりを顰めています。それをして日和った、もしくは枯れたという口もあるかと思うのですが、そもそもギミックは所詮手段ですから、彼が何を言ってるのか言いたいのか、そっちに耳を傾けていたら別段表層がどう変わろうとも何が変わる訳でもないですよね。

 私にとっては若干面白くないことに、クローネンバーグのファンには、自分のヲタ的知識、もしくは人とはひと味違うんだぜ主張の為に彼の名前を「使う」人達が含まれている気がします。クローネンバーグを判る俺、ちょっとイケてるだろ?的な。いや、あれが心底理解できたら寧ろ人からはどん引きされると思うけど、などと私は思います。判るっていう人に、じゃあどうしてタイプライターがゴキブリで、しかもあんな可愛い必要があるの?って尋いたら皆さんなんて答えるんでしょうね。○○を仮託した彼の象徴表現でとかなんとか返ってきそうで質問するのも嫌ですけど。

 そういう人達からしたら、ここ何作かの彼の作品は面白くないんじゃないかなという気がします。それこそ日和った位の事は言っていそうだなぁと。しかし翻って、日和って何がいかんのですかね。彼は元々もの凄く辛い所からスタートしている訳で、それが少しでも楽になったのなら、好きで応援している身としてはそれを喜びこそすれ責めるような話じゃないと思うんですけど。まぁ私の言い草の方が「映画ファン」が「映画監督」に対して言うようなもんじゃないんじゃないの?と言われれば全くその通りです。

 私は彼の初期の作品群からずっと、彼がマジョリティに対して、特に男性に対して、時に「あなた男にレイプされたことでもあるの?」というような、憎しみを放っているのにもの凄く同調していた時期が結構あります。彼の怒りはそのまま自分の怒りであり、彼が痛いと声を上げているのは私自身の痛みであり、それでもどうにもならない所までがマジョリティなのだという絶望まで含めて、それらは相当私の内臓にまで食い込む生々しい同調でした。そういう意味では私が彼を好きだというのは極めて自己愛的だったと言えます。

 流石に私にはあそこまでの変態チャンネルは付いていないので、内臓をゲームコントローラーにするような突拍子もないことは世界中であの人位しか思いつかないでしょうけど。

 そして彼が変わっていったように私自身も徐々にそういう思いから解放され、もしくはそういう思いは括弧でくくって横に置いておく術を覚え、そうしながらもずっと彼の作品を見続けて、彼もいつしか彼の作品達が常に持っていた眉間の皺が取れていくようになったように感じたことを、嬉しく思いこそすれ忌避する理由が、こういうちょっと特殊な好きになり方をしている私にはありません。

 ギミックについて語りたい人はここ何作かつまらないでしょうけど、あれはあれで彼なりだと思います。そしてヴィゴ・モーテンセンとあの時期に出会ったことは多分大先生にとって結構大きいことだったんじゃないのかなぁとも思います。しかしデンジャラスメソッドは本来のキャスティング通りクリストフ・ヴァルツで撮って欲しかったなぁと思いますけど。

 

好きな作品を、といえば

 やっぱり「ザ・ブルード」「ザ・フライ」「ヴィデオドローム」「イグジステンズ」になるのかな。「イースタンプロミス」のいちゃいちゃらぶらぶも微笑ましくて好き。でも一番見返しちゃうのはやっぱり「ザ・ブルード」ですねぇ。この時期前の奥さんと離婚してお嬢さん(カサンドラさん)の親権を巡って泥沼の争いをしていたらしく、あぁ、だからこういう内容なのかと後になって腑に落ちましたけど、初めてそれを知らずに観た時は吃驚しましたもん。「男の人がどうしてこれをいうの?何故それがわかって、そう言えてしまうの?」って。

 あぁあと、これは監督作ではありませんが、「ミディアン」に役者として出演していた大先生も超らぶです。VHSに録画が残っていた筈なんですが、引っ越しのドタバタで消失、辛うじてアメリカ版DVDは入手しましたけど、字幕なしで問題なく観られる程の英語力はないのでやっぱり日本語字幕が付いてる奴がほしいんですけど、プレミアついちゃって凄い値段になってました。そもそも出品されてる時の方が少ないですし。

 「Mバタフライ」は丁度LDかなんかで発売されてて未だにDVDが出ていません。待っても出るとは思えないので諦めてセルビデオを購入しました。

 そういえば息子さんがこの間映画監督デビューしましたね、「アンチヴァイラル」。積むだけ積んでまだ観てないんですけど、クローネンバーグっていう苗字を背負って映画監督やるのって大変だろうなぁと思います。ハートウォーミングな物を撮られてもこちらの気持ちの置き所に困りますし、かといってあの変態アンテナはきっとお父さんにしか搭載されてないでしょうから、変態で勝負しようったって端から勝負は見えてますし、何となく深作の名前を背負って監督を続けている健太さんを思い浮かべてしまいました。

 人にお勧めするならやっぱり「スキャナーズ」と「ザ・フライ」をお勧めすることにしてます。あれはまだ一般層にまでちゃんとわかってもらえる作品だと思うので。

 今「Maps to the Stars」がクランクアップもうしてるらしいですが、これは完全にアウェイの雇われ仕事ですね。脚本も本人じゃないですし、組員の名前が本当に一切なし、なにせ音楽がハワード・ショアじゃないって時点で私的にはアウトです。まぁかかればどうせ観に行くんでしょうけど、きっとまたロバート・パティントン目当てに観に行ったお嬢さん達が劇場から出て行って戻らないのを目撃する羽目になるんだろうなぁ。