浸透圧

好きなものを好きと大いに言い、自分内の流行り廃りや自分自身を整理整頓したりもする、日々の徒然。

正しく理解されていない≒マイノリティ

ネガティブなエネルギーを持続するのは

 己の為にも余り良くないですね…などと、数ヶ月ぶりの、しかも連載をぶった切ってのポストについて言い訳から始めてみたりします(^^;;

 相変わらずこのブログの自分の中での立ち位置というか方向性を、ちゃんと定められていないので、こんなに更新が飛び飛びになるのですけれど、昨今ちょっとは判ってきた所もあるので、いっそ辞めてしまおうかとも思った物を再開させてみました。ただ、冒頭記したようにAmazon様との一件の連載はは、流石にいつまでも怒りのエネルギーを持続させるのは心が荒むので、とりあえず保留とさせていただき、さらりと結末を書いて畳んでしまうかも知れないです(^^;;

 

このブログを始めてから今日までの間に

 己のセクシャリティについての考え方、感じ方それからそれに伴う周囲の環境に相当大きな変化がありました。とあるセクマイ関係のサロンにどうしても所属したくて、それには多少なりともアウティング(予期せぬ、望まぬ形でのカムアウト)の危険が伴うので、私は今更誰に何を言われても痛くも痒くもないですが、社会的にてっちゃん(義父)に迷惑が及ぶことになっては申し訳なさすぎると思い、時間を貰ってきちんとカムアウトをしました。

 話した内容としては、「自分は生物学的にも女で性自認も女だけれど、性的志向に関しては限りなくレズビアンに近いバイセクシャルのようなもの、と些か曖昧ではあるけれどそういう自認の仕方をしている。性的志向バイセクシャルで、性的嗜好の方がレズビアンという可能性もあるけれど、それぞれの言葉に自分をそこまでかっちりはめる必要も感じておらず、比較的その辺は曖昧に捉えている。こんな自分でも家族と認めて貰えるだろうか」といった感じで、彼からはもの凄くあっさりと「勿論」という返事を貰いました。

 日頃かなり素っ頓狂な日常生活しか耳目にしていないので少々彼を見くびっていたかも知れません。彼は仮にも教育者でした。自分の生徒にもいるよ、ということで「てっちゃんの戸籍上の娘、近しい家族がセクシャルマイノリティだと社会的に知られても一向に構わない」と彼は言ってくれました。

 

セクシャルマイノリティ当事者さん達との繋がり

 てっちゃんのお墨付きのお陰で無事私は入りたかったサロンに入ることが出来、色んなセクシャルマイノリティの方と、WEB上でも直接にも、関わる機会が断然増えました。サロンではLGBTs関連ニュースは早々にシェアされるので、いち早く国内外を問わずそうしたニュースを耳目にしますし、それについて色んな方の色んな意見を更に沢山知るようになりましたし、自分自身も発していく機会が増えました。

 そうして身の回りが変化して行くにつれ、私自身も当然変化していく訳で、このブログを始めたばかりのころには知らなかったLGBTs関連の知識や用語も色々知っていきました。それこそ今私の書いた「LGBTs」という言葉にしたって、以前は「LGBT」と書いていましたが、昨今その枠組み、つまりL(レズビアン)G(ゲイ)B(バイセクシャル)T(トランスジェンダー)に当てはまらない人達も沢山いることを知り、その方達を含める表記「LGBTs」の方が多少なりとデリカシーがあるだろう、と判断しての表記変化です。

 

細分化されていく言葉の不都合

 でも、当たり前ですけど、そういう細かい「セクマイ界隈用語」なんて、普通の人は知りませんよね。性的指向(Sexual Orientation)について、多分一般的には「性癖」と言われることの方が多いと思います。事実私自身が以前そうした言葉の使い方をしていました。オネエタレントとゲイの違いは何だと言われて、すっと答えられる人は当事者以外では多くないでしょうし、つい先日私は、カムアウト済の友人から「アライってなに?」と尋ねられました。ちなみにアライとは、当事者ではない支援者の事です。つまり、自分は性自認に違和感もなく、性的指向ヘテロセクシャルだけれど、セクシャルマイノリティの人達の事を支援します、と表明する立場の人の事ですね。企業で言うと、LGBTs支援関連キャンペーンを行っているLUSHさんやGAPさんなどがそれに当たります。

 セクシャリティは十人十色、だからアイコンは6色レインボー(発祥の地では虹は6色で認知されている為)、虹のグラデーションが如く曖昧で多様であるが故に、細分化し始めるとやたら用語が細かくなって行ってしまい、一見さんお断りというか、「何も知らない普通の人」にはとっつきにくくなっていってしまいます。そしてそれは、別段セクシャリティに限ったことでもないな、と思います。

 例えば音楽。私の大好きなHM(ヘヴィーメタル)は、HR(ハードロック)と何が違うんだとか、メタルの中でもジャーマンメタルとかブラックメタルとかスラッシュメタルとかデスメタルとかメロディアデスメタルとか北欧メタルとかLAメタルとか産業メタルとか、死ぬ程棲み分け用語がありますが、それはメタルに興味のない人から見たら「一括りでロックじゃいかんの?」という話だと思います。

 

漠然と使われる言葉の不都合

 しかし、細分化していくには、していくなりの理由はやっぱりあります。その言葉と自分に違和感がある、と感れば、つまり正しく認知されていないと感じれば、そこにあるのは「誤った区別」であり、それはともすると「差別」にもなり得てしまいます。

 例えば私に対して「オナベ」という言葉を投げかける人がいたとしたら、私はその言葉と自分の実態に違和を覚え、ひょっとしたら差別されているのかしら?とも思うかも知れません。例え女子力とやらが限りなくゼロに近くても、例えば髪はベリーショートでここ数年殆どスカートを穿いていないとしても、私は決して男性になりたい訳ではありませんから。この場合、私は「オナベ」という言葉を「心は男性なのに生物学的には女性」という意味として捉えていますが、私にそれを投げかける人は「女性の同性愛者」という意味で使っていると考えられます。

 事程左様に、ざっくりとした区別は現実には即さないことがままあり、そういうざっくりとした理解しかされていないもの、つまり、その程度の認知しかされていなくても社会が困らないもの、というのは、やはりマジョリティとは言い難いのかもしれないなと感じられます。

 これは、セクシャリティのお話に限りません。勿論、メタルのお話にも限りません。

 

濫用される「偏頭痛」という言葉

 私が今日このエントリーをポストしようと思ったのは、直接的には昨日見たtwitterでのツイートがトリガーです。今日、只今現在私自身がもの凄く酷い頭痛である、ということも、そしてそれなのに慶應の頭痛外来の予約をすっからかんに忘れてすっぽかしてしまったことも一因です。ただ、日々ずっと感じ続けてきたことではあり、何度かtwitterでも、それからここでも、書いたかも知れません。

 日本全国の皆様の中で、日常的に頭痛になりがちな人はどの位いるでしょうか。かなり多いのではないかと思います。そうした「長年頭痛と付き合ってきている」人達でも、頭痛を主訴として医療機関にかかったことのある人はどの位いるでしょうか。「頭が痛いです」「じゃあ鎮痛剤を出します」→セデス、ロキソニンバファリンなどの一般的な鎮痛剤を処方される、というただそれだけのことですら、なさっている方は多くないのではと思います。市販の薬で、効かなくても何とか堪えて、という方の方が多数派な気がします。

 よしんば頭痛を主訴で医療機関にかかったとしても、正しい頭痛の診断をされているとも限りません。お医者様によって知識も様々ですし、患者側の頭痛の痛みの表現の仕方によっては、正しく医師が判断できないこともあるかと思います。

 なので、頭痛持ちの方が自分の頭痛を「偏頭痛」と書いておられるのを非常に良く見かけるのですが、重度の頭痛持ちで頭痛外来という専門医にかかっている私の分類的には「それは緊張型頭痛では?」「それは正しくは片頭痛と表記するものでは?」と思えるケースが多々あります。それら全部をなんとなくひっくるめてざっくりと「偏頭痛」というのが世の一般的な認識なのかなと。

 ただ、それだと痛い人本人がとても困ると思うのです。何故なら緊張型頭痛と片頭痛は禁忌が真逆だからです。前者は躰を温めれば良くなりますが、後者は悪化します。その知識一つあるかないかで、相当心身の苦痛は変わると思うのですけど、どうも「頭痛位で病院は…」という方が多いように思えてなりません。どうせ同じ保険料払ってるんですから、医療機関を利用した方が薬剤料だって余程に安上がりです。

 

「頭痛ごとき」が容易にQOLを下げる

 私の頭痛は今現在「薬害性」に近い状態です。完治はせず、治療は困難で当事者のQOLは著しく低い、と専門誌に書いてありました。その通り、私の頭痛によるQOLの低下は、一時期定職に就けないというレベルにまでなりました。今でも、仕事の出来ない状態が続いている一因です。そこまでではないにせよ、生活に支障を来すレベルで頭痛持ち、という方は、実は結構多いのではないかと思います。

 自分自身ですら正しく自分の状態を判らなければ、手の施しようがありません。どうか頭痛くらいでと思わずに、医療機関を受診してみて下さい。そして、自分の状態を正しく知って、痛い時、辛い時に、適切な対処が出来るようになって下さい。そういう方が増えないと、時に差別ともなり得る「ざっくりとした区別」はなくなりません。世の大半の方が頭痛を「頭痛ごとき」と思っているのが現状だとしたら、頭痛持ちの方のQOLの意外なまでの低さというのはいつまでたっても認知されません。それは、当事者である私にとっては、とても辛いことです。ですからこんなエントリーを長々作成してポストしている訳です。

 要するに、私は私の為に、このエントリーを書いている訳です。勿論世の「頭痛持ち」の方が出来るだけ楽に暮らせるよう、という気持ちだってあります。どれだけ痛いかどれだけ辛いか、どれだけ周りから理解を得づらいか、骨身に染みてよくよく判っているので、少しでも辛い方が減ってくれればいいとも思います。でもそれだって自分の為です。自分が辛いから、それを理解されないのはもっと辛いから、私は訴えている訳です。セクシャリティであろうが、頭痛であろうが、世の大半に理解されないってことは生きる上でしんどいことです。そのしんどさを、せめて当事者同士の間だけでも、軽くしあっていけないものかな、と思います。これは昨今LGBTs関連のアクションを起こす時の私の動機の一つでもあります。

 

 正しく知る、というただそれだけのことが、とても多くの人を助けると思います。私もそうして助けて貰い、だから誰かを助ける役に立てたらと思います。

 とりあえず、頭痛いなと思う事が多くて、何かの機会で病院に寄れたら、お医者様に相談してみて下さい。相談するにも仕方によって診断が変わってしまったりするので、自分の頭痛はどんな頭痛だろうと、知ろうとしてみて下さるだけでも大分違うと思います。

 昨今ググればなんだって出てくる世の中ですが、中でもとても判りやすく、私も随分お世話になったWEBサイトを一つご紹介してこのエントリーを締めたいと思います。


頭痛大学:http://homepage2.nifty.com/uoh/

※ちなみに、お読み頂いて参考になるかどうか判りませんが、このブログ内にも頭痛カテゴリーがあります。