浸透圧

好きなものを好きと大いに言い、自分内の流行り廃りや自分自身を整理整頓したりもする、日々の徒然。

リカルド・ロペスの話をします

愛猫の命日前後の揺れで

 心身が大変に摩耗してますので、気楽に書けて余り人を傷つけることもないだろうことを書こうかなと思うと、やっぱり好きなものの話がいいかなぁと。今回のお題はボクシング。最近めっきり見なくなっちゃいましたけど。

 人に指摘されたこともあって自分で自覚もあるんですが、ある一時代を築いたような偉大な選手の活躍時期に当たってそれを見てしまうと、その人の引退と同時にその競技そのものから興味を失ってしまうことが結構あります。勿論競技自体を嫌いになった訳ではなく、「あの人以上の人はいないだろうな」という気持ちが拭えないのでそうなりがち、というだけのことで、いい試合があれば勿論見ますし、興味のある選手が出てくればまた復帰します。

 

リカルド・ロペスは神であり教科書

 未だにあの人以上のボクサーが出てくるなんて私は思えないですね。別の意味でのあり方っていうのはあると思いますし、そういう意味では私は浜田剛史さんをもう一人の神認定してますけれども、ボクシングの技術にあれ以上があるんでしょうか。有り得るんでしょうか。特に私たち日本人は天才と目されていた大橋さんがああも簡単にやられ、勝てはしないまでも結構善戦するんじゃないかと思っていたロッキー・リンが2Rで沈められてるのを目の当たりにしてますから余計にそう思うのかも知れませんけど、ラスベガスに行ってからの彼の活躍を見る限り、私たちの見る目だけの問題じゃ絶対無いと思います。だからこそ、そのたぐいまれなる才能に見合うだけのお金なり名誉なりを彼が受けられたのかどうかというのは、考えると切なくなってしまいます。

 今でも忘れられないのが、キティチャイ・プリーチャとの防衛戦のフィニッシュ・パンチ。ラスベガスでは軽い階級は軽んじられますから(それでも東洋太平洋圏で稼ぐよりはファイトマネー良かったのかなぁ)野外のリングで、丁度西日が射し込む位の時間帯、ジミー・レノン・ジュニア(名リングアナウンサー)がサングラスをしていたことを覚えています。ロペスの何回目か忘れましたけどストロー級(今ではミニマム級って言うんでしたっけ)の防衛戦で、対戦相手のキティチャイ・プリーチャはタイで、恐らくはムエタイ上がりの打たれ強そうなインファイターという印象でした。リカルド・ロペスの構えかたって、オーソドックススタイルよりもかなり半身で左手が前に出るので、インファイターは恐らく距離が取りづらいだろうと思うんですけど、ロペスのアウトボックスのスピードが尋常じゃないので、ボックスで勝てる気がしないからマッチメイクは比較的ファイターばかりたったように思います。

 キティチャイ・プリーチャも典型的なインファイターでそれにしては細かいダッキングなんかは上手な方だったと思います。ロペス相手に絶対やっちゃ行けないのが頭の位置を動かさないってことなので。何R目だったかちょっと今思い出せないんですけどロペスが、プリーチャが出したワンツースリーをワンをスウェーバック、ツーをバックステップ、スリーをサイドステップで避けたんですよ。私個人的にスウェーバックという避け方が大変に嫌いでして。何故ならその次の瞬間無防備になるから。同じ理由でパーリングも余り好きではありません。ただ、このロペスのスウェーからのバックステップからのサイドステップには思わず見惚れました。そうか、こういう風に使うのであればスウェーは無防備な時間を作らない有効な手段なんだなという、正にお手本でした。当時ナジーム・ハメドとか流行ってて、無駄に大きなスウェイやダッキングをする下らない風潮がありましたけど、そんな無駄なことをしている位ならバックステップサイドステップの為に縄跳びでもしとけといつも思っていたもんです。ロペスに負けた大橋さんが言ってましたもん、彼こそがボクシングの教科書だって。 150年に一人の逸材って言われた大橋秀行が。

 そのプリーチャ戦のフィニッシュもお手本にしたいような見事な物でした。手元にビデオがなくてどういう流れでアレがでたのか思い出せなくて大変にもどかしい……のでちょっと実家にビデオ探しに行ってきます。

 …戻りました。残念ながら探していたロペス全集的なものはなかったんですけど(絶対捨てた訳ないんだけどなぁ)WOWOWが防衛20回記念か何かで作った特集の録画を発掘しました。(どうでもいい話ですけど同じDVDに一緒に録画されてたのはユーリVSムアンチャイです。多分速攻でデジタル化したんだろうなぁ。)

 与太は兎も角ですね、映像で確認しました。右を出すぞと見せかけて少し右手を下げるフェイントを入れた後に左でストッピングジャブ、からの右ストレート打ち下ろしで相手の態勢を下げて置いて左アッパー、で相手が倒れてしまいましたが、左アッパーで倒れなかったとしてもロペスはその後左フックの返しまでちゃんと打ってました。完璧。完璧すぎる。神かこの人はとその時思いました。派手なマッチメイクではありませんでしたし、ロペスの試合の中では淡々とした試合でしたから、余り上げる人はいないでしょうけれど、私の中ではこの試合はとても印象深い試合です。

 

「はじめの一歩」というマンガは

 ある時期まで「パウンドフォーパウンドでリカルド・ロペスマイク・タイソンが当たったらどっちが強いのか」という思考実験のように見えていました。迷走に迷走を重ねそれどころではなくなってしまったようですが、98巻位まで付き合いましたけど今どうなってるんでしょうあのマンガ。

 それは兎も角、一歩は完全にマイク・タイソン型のインファイター、そしてその階級の世界チャンピオンがリカルド・マルチネス、どう考えてもロペスがモデルって感じでしたね。ただ、リカルド・ロペスの愛称ってちょっと日本では意訳されていてリカルド・"Finito"・ロペスなんですけど、このFinitoを日本では「精密機械」と訳して彼に冠するんですよ。本来はちっともそういう意味ではないのに。そして彼自身も決して己を精密機械たれなどとは思っていなかったでしょうに。

 「パウンドフォーパウンド」というのは、本来有り得ない階級同士がもしも同一の階級で戦ったらどっちが強いかという思考実験です。ボクシングには階級がありますから、当然違う階級同士の対決はどちらかが減量するか増量するか以外には有り得ません。特にロペスは再軽量級、タイソンは最重量級でしたからそういう体重調整による対決も不可能、となるとやっぱりあらゆる想像と妄想を働かせての思考実験になる訳です。ファンはそういう話好きですしね(勿論私も大好きです)。

 カス・ダマトが生きていた頃のマイク・タイソンであればまだしも、彼が亡くなってタイソンの心がすさみ始めてからになってしまうと、最早タイソン自体がタイソンでなくなってしまっていたので、信仰心篤く礼儀正しい誠実で真摯なホリフィールドに卑劣な手段で対抗するしか出来なかったタイソンに、神様が勝たせて下さったといつも言っている熱心なクリスチャンであるロペスには、勝てる要素はありません。

 そもそも結局ロペスはリング上で一度も負けることなく引退してしまいましたから、どうすれば彼を倒せたのかを実現できた人は誰もいないままですから、私たちは誰も、彼がどうやって負けるのかのイメージが出来ないので、思考実験すら難しいお話です。

 

どっちかというとアウトボクサー派

 先に名前を出したので「はじめの一歩」の話を続けると、森川ジョージはきっと高橋ナオトが好きで好きで好きで好きでしょうがなかったんだろうなぁって思います。あの最後の最後にギラっとくるカウンターに痺れた男共を私も沢山知っています。そして横で割とシニカルに「初恋ってカルピス」とか呟いてました。私はナオト世代ではないので、彼のカウンターが衰えてからのナオトしか見ていません。無残なまでになくなった物は戻らないのです。そういう世界です。ユーリ・アルバチャコフの右クロスだって結局戻りませんでした。眼疾を患ってからの辰吉丈一郎のミリ単位での空間は空く能力もそうです。なくなった物ならなくなったものを補う何かを、と努力をしたのがユーリだと思ってます。

 人としてどうか、生き方としてどうか、というのをさておいて、辰吉丈一郎という人を稀代のボクサーだとは思いますが、技術という点では私は余り彼を評価しません。何故ならディフェンスをしないから。ディフェンスを疎かにするボクサーは余り好きになれません。だって「打たせずに打つ」がボクシングの基本じゃないですか。

 あと、一発当たれば倒れるタイソンレベルのパンチ力があるならまだしも、一発に頼ってやたら振り回すタイプのファイターも余り好きではないです。そもそもパンチ力のある人ってそれを過信してというか、当たれば倒れるんだからっていう体で、避ける技術や練習を疎かにする人が多かったです、私の知っている限りでは。プロの世界は甘くありません。日本レベルではそれで行けても、OPBF(東洋太平洋)にでた途端に頭打ちになる選手を沢山見ました。タイの選手の打たれ強さは、フィリピンの選手のボディの弱さと同じ位の定番です。そりゃそうですよね、タイの選手の殆どは、国際式に転向してきた元ムエタイ選手なんですから、足で蹴られていたものを耐えるのに比べれば、手で殴られるの位どうってことないでしょうから。

 そんなこんなもあって、私はどうしても技術力の高い人が好きで、そういう人はハイブリッド型でもどちらかというとボクサー型の人が多かったですね。ファイター型で私が好きだったのは浜田剛史さんと坂本博之くらいです。

 

空手家の彼女にはなれてもボクサーは無理

 最後に非常にどうでもいい話を追加しておくと、私は多分空手家の嫁さんにはなれてもボクサーの嫁さんにはなれません。ボクシングはダイレクトに脳の揺らし合いです。パンチドランクと言う程全然酷い症状のない人ですら、ほんのちょっとの物忘れや、5分前に言ったことをまた言うとか、そういう脳のダメージを日常的に感じる瞬間があります。心配性過ぎて過干渉になりがちな私が、真横でそれに耐えられる訳がありません。

 ですから、どのボクサーにもどうぞディフェンスをないがしろにしないで、その体を最愛の家族の所へ無事に返して上げて下さいと言いたいです。これは、名伯楽エディ・タウンゼントさんの言葉でもあります。エディさんの話は始めるとまた長くなるので、本日はこの辺で。